親鸞(しんらん。1173年~1263年)は浄土真宗の祖とされます。浄土真宗は、仏教のうち、日本で一番信者の数が多いと言われる宗派です。
仏教は、ガウタマ・シッダールタ(仏陀=目覚めた人などとも言われます)が2500年ほど前に始めました。その700年ほど後に、ナーガールジュナ(竜樹)が、それまでの自分が悟りを開くことに重点を置いていた仏教ではなく、民衆を救うことに重きを置いた仏教(大乗仏教などと呼ばれます)を主張しました。これは仏教の大きな改革です。
その大乗仏教の中から、西アジアの宗教や文化の影響も受けながら、浄土教が誕生しました。阿弥陀仏という仏を信じることで西の方にある極楽浄土で仏に生まれ変われるという教えです。自らの修行よりも、ひとつの仏をひたすら「信じる」ことに重点が置かれます。いろいろな理由で修行などができない、あるいは修行などに向かない人びとでも、信じることならできます。自分の力に頼れない人ほど(それはその人が劣っているということでは決してありません)、無心に信じることができるとも言えます。その意味では、浄土教は、大乗仏教という仏教改革の中で、生まれるべくして生まれたものと言えます。
仏教は、今から1500年ほど前に日本に伝わったとされます。浄土教も同じころに日本に伝わったと考えられます。インドで始まった浄土教が中国に伝わり、それからほどなくして日本に伝わったことになります。そして、はじめは中国や朝鮮から輸入されていただけの仏教は、日本で徐々に深化していきながら、今から850年~750年ほど前の平安時代の終わりから鎌倉時代にかけて、ついに日本独自の仏教の宗派がいくつも花開きます。その一つが法然(1133年~1212年)が始めた浄土宗であり、その弟子の親鸞が始めたとされる浄土真宗です。ただ親鸞自身は、あくまで法然の浄土宗を素直にひたむきに実践しているだけだと思っていたようです。その素直さとひたむきさが、本人が意図せず、浄土「真」宗と呼ばれる宗派をもたらす核なったのかもしれません。
浄土宗の教えは、とてもシンプルです。ひたすら阿弥陀仏を信じなさい。そして「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えなさい。そうすればあなたは必ず極楽浄土に行けますというものです。ちなみに、「南無」はひたすら信じるという意味です。ですので、「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏をひたすら信じます」という意味になります。それを言葉にして、ひたすら唱えるわけです。言葉には霊力があると信じられていました。そのことも、この教えのベースにあると思います。
また、法然は、結婚している一般の男の人と結婚せずに修業している僧(もちろん男です)とで、念仏を唱える効果に違いはないと断言します。それどころか、男性と女性の間でも、念仏を唱える効果に違いはないと断言します。それまでは、結婚しているかどうかや、あるいは男か女かで、さとりを開けるかに違いがあるとされていました。特に女性は、「女性はさとれない」・「女性のままでは極楽浄土には行けない」と考えられていました。それを法然は、絶対にそんなことはないと言い切ったわけです。
ただ、法然自身は、生涯独身のままでした。これに対して、弟子の親鸞は結婚して多くの子供をもうけています。親鸞が結婚したのは、法然が「自分の教えを証明するためにまじめな僧であるあなたが実際に結婚してみせなさい」と求めたからだとされています。それが真実かどうかは別にして、親鸞は、法然の教えを文字通り実践してみせました。それは師に言われたからというだけではなく、親鸞自身の信念にも基づくものだと、その後の親鸞の人生を見ると、そう考えられます。この点でも、親鸞は、素直でひたむきだったと言えます。
この法然の教えを親鸞が実践してみせた瞬間、大変長い歴史の中で、「僧が結婚することを正面から認める仏教」が真に誕生しました。当時の世の中では、それは仏教の堕落だと非難する人びともいました。しかし、さらに長い歴史のふるいにかけたとき、それは、先にお話しした大乗仏教のときに劣らない大きな改革だったことがわかります。今から1800年ほど前にインドで起こった「民衆を救う」ための大乗仏教に匹敵する仏教改革が、日本で起こったわけです。
ところで、なぜ親鸞は、法然に弟子入りし、あげくのはてにそこまで強い信念で結婚に踏み切ったのでしょうか。親鸞が素直でひたむきだったというだけでは、わかったようなわからないようなという感じもします。
親鸞は、貴族の出身だとされます。しかも、母親は鎌倉幕府を開いた源頼朝の兄弟だったとも言われます。そんな親鸞(もちろんこれは後の名前ですが)は9歳のときに比叡山で出家して慈円という大変有力な僧の弟子になります。慈円の兄は、摂政・関白(朝廷で天皇を補佐する最高の役職)もつとめていました。慈円自身も、政治的に大きな影響力を持っていました。そんな慈円のもとで、親鸞は20年もまじめに修行を積み、仏教のいろいろな宗派の知識を身につけて、比叡山での優秀な僧としての才能をあらわしていきます。
そんな親鸞が、29歳のときに、浄土宗を説いていた、乞食坊主同然の法然のもとに突然弟子入りします。親鸞の出身やキャリアからすると、これはかなり不思議なことと言えます。一説によれば、親鸞は19歳のときに観音様から「あなたの寿命はあと10年くらいしかない」というショッキングなお告げを受けたとされます。その10年後に、法然に弟子入りをしたことになります。これがそのまま本当の話かどうかは別にして、何らかの理由で死の不安を強く抱えた親鸞が、それを打ち消すために、法然が説く念仏にすがったということは考えられます。そして、もともと持っていた仏教の力で民衆を救済したいというやさしくて正義感が強い性格に、もうすぐ死ぬのなら少しでも善い行いをして立派に極楽浄土に行きたいという思いが重なったのかもしれません。その結果、仏教での大きなタブーを破りました。そこまでして自分が結婚することで、「阿弥陀仏を信じてしっかり念仏をとなえれば誰でも極楽浄土に行ける」ということを民衆に示してみせたのかもしれません。こうして親鸞は、自分が考える民衆の救済に道を開きました。ちなみに、親鸞は、「法然の教えが万一間違っていて自分が地獄に落ちたとしても悔いはない」とまで言い切っています。そこには、法然への強い尊敬とともに、何かせっぱつまったような鬼気迫る思いが感じられます。
ただ、もしそうだとしても、それは、親鸞自身の性格やかかえていた不安によるものです。しかし私は、親鸞が結婚までをしたことには、そうした個人的な理由を超えて、仏教というものが持つ、もっと大きなエネルギーが働いたように思います。仏教が深化を続けていけば、いずれどこかで、遅かれ早かれ、仏教における結婚のタブーが破られるときが来たはずだと考えます。そこには、原始の仏教が大乗仏教になり、そこから浄土教が生まれた大きな流れがあります。「すべての人の救済」ということに向けた大河のような流れです。そのとても大きな流れの先に、法然の浄土宗、それをうけた親鸞の浄土真宗の誕生があるわけです。「すべての人の救済」のための、決定的な引き金を直接引いたのが、たまたま法然であり親鸞だったわけです。
仏教は、ガウタマ・シッダールタ(仏陀)が始めたときからすでに、過酷な修行をして自分だけ仙人のような存在になろうとするものではなく、もっとゆるやかに、心の平安と豊かさを求めるものでした。それまでのインドの宗教と比べて、少しでも多くの人にそのチャンスを与えるためのシステムを、仏陀はつくりあげました。そして、大乗仏教は、この「少しでも多くの人に心の平安と豊かさを!」ということを、いわばスローガンにして前面に押し出しました。そのスローガンをさらに実現しやすくするために、誰でもできそうな手法として、阿弥陀仏をひたすら信じるという浄土教の教えが生まれました。その手法をさらにシンプルに研ぎ澄ましたものとして、言葉が持つ霊力を使って念仏を唱えることにひたすら特化した浄土宗が生まれました。そして、ひたすら念仏を唱えるなら結婚もかまわないということを実践してみせることで、浄土真宗が生まれました。
それは、自ら修行をする=自力とは全く異なる、念仏を唱えることで阿弥陀仏にすべてをゆだねる=他力の、いわば完成形です。自力には個人の能力が求められます。これに対し、他力が完成形になればなるほど、誰でもそれを行うことができるようになります。結婚している人でもしていない人でも、男でも女でも、文字通り誰でもです。他力が完成形になってはじめて、この「文字通り誰でも」、つまりすべての人が平等に、心の平安と豊かさを実現する道が開けたわけです。
今までの仏教では救われることがなかった女性を救うことができるようになった。そこに浄土(真)宗の、ほかの宗派と違う強みがあることになります。今まで救われる余地があった者が救われるのは、ほかの宗教でもできる。私たちは、「今まで救われる余地がなかった者をこそ救うのだ!」。これが、浄土(真)宗の存在意義であり、自負心だと言えます。
親鸞の有名な言葉に、「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」があります。「善人でさえ極楽浄土に行けるんだから、悪人が行けるのはなおさらだ」ということです。この言葉は、いろいろな意味に解釈されています。ただ、私は、この言葉には、親鸞が浄土(真)宗にこめた、強い自負心とその裏返しとしての民衆救済への決意があらわれていると思います。善人を救うのはほかでもできる。それなら、私たちは善人以上に、悪人をこそ救おう。それをつきつめて、「悪人はなおさら救える」とまで言いきれるのは、私たちの教えをおいてほかにない。そういうハイテンションでの自負心と決意です。高らかな宣言です。
それは、すべてが合わさって一つになった、全体が調和した、とてつもなく大きな、「生きる力」の実現です。
そのようにとらえると、思わず「親鸞さん、かっこいい!」と、鎌田行進曲という映画でのヤス(平田満さんが演じる大部屋俳優)の名ぜりふのような言葉が、自然と口から出てきそうになります。