プロテスタントは、キリスト教の大きな教派(グループ)です。
その実質的な創始者は、ドイツのマルティン・ルター(1483年~1546年)です。もともと法律家を目指していましたが、やがて大学で聖書を教える教授になりました。ちなみに、はじめは「ルダー」でしたが、やがて「自由な者」という意味にちなむ「ルター」を名乗るようになったそうです。
ルターと言えば、学校の歴史の時間に「宗教改革」というキーワードと一緒に登場します。その当時のキリスト教(ローマカトリック教会)の有力者の金もうけ的なやり方に反発して、1517年に、教会の門に95か条の意見書を貼り出したとして、そのときの絵が教科書にのっていたのを思い出します。ただ実際は、学者などしか読めないラテン語で書かれたものをこの有力者に送りつけたというのが有力な説になっています。それでも、その意見書はすぐにドイツ語などに翻訳されて広まりました。
このルターが1520年(36歳ごろ)に立て続けに出版した文書に、「キリスト教界の改善について」・「教会のバビロン捕囚について」・「キリスト者の自由について」があります。のちに「宗教改革三大文書」と呼ばれます。私は、イタリアの科学者のガリレオ・ガリレイ(1564年〜1642年)が地動説を唱えたことでかけられた宗教裁判に関する本を読んでいて、そのときにルターと「宗教改革三大文書」にふと関心を持ちました。はじめは軽い「歴史の勉強」くらいのつもりで、深井智朗氏の翻訳本を読み始めましたが、とても上質な訳と注のおかげで、ルターの考え方・価値観、あるいは個性のようなものに、興味深くふれることができました。
そのうちの「教会のバビロン捕囚について」で、ルターは、上記の95か条の意見書を出したことを後悔しています。それを焼き捨ててほしいと書いています。教会にさからうのが恐くなったといったことではなく、逆に、当時のローマ教皇を頂点にする体制への批判として、手ぬるすぎたというのが理由です。それを裏づけるように、「キリスト教界の改善について」では批判が強烈になり、「教会のバビロン捕囚について」ではさらに強烈になっています。ルターの怒りにも似た感情や皮肉が、随所にあらわれています。
では、ルターは、当時のローマカトリック教会のどこに、そんな強い不満をもったのでしょうか。理由は一つではありませんが、大きな原因は、神への信仰を脇に置いて、あたかも自分たちが神よりえらいかのようにふるまっているということでした。聖書に書いてないことを自分たちの都合の良いようにルールや儀式化して、権力と利益をむさぼっているということでした。少なくともルターにはそう見えました。 特に、当時のドイツは、「ローマの牝牛(めうし)」と呼ばれていて、ローマカトリック教会から「搾取」されているという思いがドイツ国民の中にあったようです。ルターの意見書がドイツ語に訳されてたちまち広がったのも、そうした社会背景があったように思います。
ルターは、キリスト教徒にとって、「信仰」こそが、すべてにわたる、不可欠の根本であると一貫して主張しています。ここで「信仰」とは、神が存在することと、神が人間に対して約束してくれたことを心にとどめて決して疑わないことです。そのうえで、その約束を目に見える形で受けいれ、いわば神と契約することです。ルターが「聖書」にこだわるのは、聖書には、神の約束が、キリストやその弟子たちの言葉を通じて示されているからです。
神の約束は、聖書に示されている以上でも以下でもないとルターは考えます。
では神は何を「約束」してくれたのでしょうか。この点は少なくとも「宗教改革三大文書」ではかならずしも明確ではない気がします。ただ、そのうちの「キリスト者の自由について」をよく読むと、そこにヒントがあります。
ルターは、人は悪への欲望をなくして、「善」と「義(正義)」を守りながら生きていくべきだと考えます。なぜなら、本当の喜びと安らぎは、「善」と「義」からしか得られないからです。ここに、人間の生き方に関するルターのおおもとの価値観があります。人生で本当の喜びと安らぎを得たいなら、「善」と「義」を守って生きようという価値観です。「善」と「義」を守って生きるのは、他人のために自分が犠牲になることではなく、最も、自分自身のためにもなるというわけです。私は、ルターの考え方の根本は、この価値観にあると考えます。
しかし、同時にルターは、人は自分たちだけで、「善」と「義」をパーフェクトに行うことはできないと言います。つまり、人には持って生まれた欲望の本能のようなものがあって邪魔をするわけです。この点で、ルターは、完全な「善」と「義」をそなえているのは神だけだとします。ルターにとって、神だけが「真実」の存在です。
しかも、ルターは、神はすべての人に対して、自分(神)を信じて頼ってくれさえすれば、その人の「善」や「義」が不十分でも、本当の喜びと安らぎを与えましょうと約束してくれていると言います。つまり、無償の愛です。「何でそこまでしてくださるのか」と信じられないことのようですが、神が完全な「善」と「義」を備えた「真実」の存在である以上、こうした約束を何の見返りなしに行うのも当然のことと言えます。
だから、人は、そうした神の存在と約束を信じて、受けいれて、神の意志にかなうことをしたいと願って努力さえすれば、神が約束を果たしてくれて、本当の喜びと安らぎが得られることになります。この意味で、神(完全な「善」と「義」を備えた「真実」の存在)への信仰だけが人間を救うわけです。
では、ルターが考える「善」と「義」とは、どんな内容なのでしょうか。この点でルターは、「神の法」(神が定めたルール)を絶対的なものとして、「人間の法」(人間が作ったルール)に優先させます。そして、「神の法」の根拠は聖書にあるとします。しかし、ルターは、「聖書に書いてある」という形式的な根拠だけで「神の法」を絶対とするわけではありません。ルターは「神の法」は中身の点でも真に正しいとします。だから「神の法」なわけです。その中身を、深く掘り下げていくと、「人間の尊重」です。それと背中合わせの関係にある「節度ある自由」です。そして、それに伴う「平等」です。このうち「節度ある自由」とは、身勝手ではない、他人のことも考えた自由です。これらが、ルターの考える「善」の価値です。そして、神との契約を心の支えとして、これらの「善」を行い続けようとする固い意志がルターの考える「義」です。
ルターがどこまでも聖書にこだわって、そこで示されてないルールや儀式を「人間の法」にすぎないとしてできる限り排除しようとしたことは、ただの形式的な「聖書ファースト」ではありません。実質的に見ても、その内容は真の「善」・「義」をあらわしている。だから、それに人間の都合で勝手に手を加えさせてはならないという信念があったからではないかと、私は想像します。まるで「法の下の平等」をとなえている法律家のようです。今では、ほとんどの国が憲法を持っていて、しかもそこには「個人の尊厳」・「自由」・「平等」といった、いわゆる人権規定が定められています。「法の下の平等」の考え方が確立されたのはアメリカ独立宣言(1776年)やフランス人権宣言(1789年)が登場する18世紀のヨーロッパの市民革命の時代と言われます。そうだとすると、ルターは、その250年以上も前に、「聖書」を憲法代わりにして、それに近い価値観と発想を、文字通り体と命をはって、ローマカトリック教会を批判する形で展開していたことになります。
以前、親鸞と浄土真宗についてお話ししましたが、私は、こうしたルターの価値観や発想は、親鸞がとなえた浄土真宗に似ている気がします。心なしか、二人の性格や行動パターンにも似た印象を受けます。もちろん、一方は仏教という土台、もう一方はキリスト教という土台の上に成り立っています。時代背景やそもそもの国民性なども違いますので、親鸞の浄土真宗とルターのプロテスタントにはいろいろと違いもあります。しかし、次のような根本的な点で、この二つの間には似たものを感じるわけです。
①目先の満足ではなく、本当の意味での心の平安と豊かさを追い求めている。
②すべての人が欲望に負けがちな弱さを持っていることを、素直に認めている。
③すべての人を救うという壮大なことを、仏の誓いや神の約束として認めている。
④この約束の中身は、人間の尊厳と、節度ある自由と、それに伴う平等を実現することにある。
⑤だから、そうした仏や神をひたすら信じれば、人は本当の心の平安と豊かさを得られるとする。
親鸞の浄土真宗とルターのプロテスタントとでは、宗教の土台も、時代背景も、国民性も違うと書きました。一方は、武士が活躍する、800年以上前(13世紀)の東洋の日本です。もう一方は、教会が強い権力を持っていた、500年ほど前(16世紀)のヨーロッパのドイツです。その当時の日本は戦国時代の真っただ中です。親鸞はもちろんルターのことを知る由もありません。キリスト教が日本に初めて伝えられたのは1549年と言われていますので、キリスト教の存在すら知らなかったはずです。そして、日本にヨーロッパ人が最初に来たのは1543年で、種子島に鉄砲が伝わったときのポルトガル人と言われています。ですから、ルターも親鸞はおろか日本のことすらまったくと言ってよいほど知らなかったのではと思われます。
それにもかかわらず、上記①~⑤のような両者の根本的な価値観や発想は、驚くほど似ています。人間の生き方についての目先にとらわれない高い理想(上記①)、ただの理想だけではない現実を素直にとらえて受けいれる目(上記②)、そして、人間の尊厳・自由・平等を高らかにうたい実践しようとする現代に通じる思想(上記④)。そう考えると、これらの価値観や発想は、親鸞とルターというそれぞれの時代の申し子を通して、人間の歴史の発展の中で、生まれるべくして生まれたものなのかもしれません。そして、それが普遍的な価値を持つからこそ、どちらの宗教も、そのときどきの人々に支えられながら、永く後世に栄えることができたのではと思います。